”年末のアメ横の警備がいっとう(一番)好きです!”

『安いよ!安いよ!お客さん。この立派な蛸がたったの1,000円』年末の上野アメ横商店街は5日間で170万人もの買い物客でにぎわう。その雑踏警備がいっとう好きです。と言ってくれた河林警備員。なぜ好きなんですか?と尋ねると『人を見るのが大好きなんです。アメ横ではたまに 立ち飲みで回りの人達の他愛もない会話を聞きながらお酒を飲むのも大好きです。毎年の年末警備を楽しみにしています』2007年12月の話です。彼にとってその年の年末警備が3度目で 最後のアメ横になりました。

あれから14年の今年11月24日、私は週に3回だけ買う事にしているスポーツ新聞に目を通していました。 普段は気にも止めない芸能欄の生田斗真の写真の下の映画「渇水」の文字に目 を見張りました。まさかと思いつつ記事を読み始めると直ぐに河林 満氏の文字が・・。『やりましたね!河林さん!おめでとうございます!』アメ横警備が好きだった彼が30代後半に書いた小説が生田斗真主演で映画化となりました。奥さん(幸恵さん)の喜ぶ姿がすぐに浮かびました。 2008年1月19日に腦出血の為に58歳の若さでお亡くなりになりました。 通夜の席で奥さんが満さんの無念さを噛みしめるように粛々と話をしてくださいました。満さんの生活すべてが文学で、警備員の仕事をしたのも自分の小説の為であったこと。

そして最近やっと新しい小説の構想が、しかも大きなテーマとして形ができて来たと喜んおられたことなどでした。小説「渇水」は30年前の第103回芥川賞の有力候補となりましたが惜しくも受賞出来なかった作品です。(第109回芥川賞でも「穀雨」で2度目の最終選考となりましたが未受賞)「渇水」の評価は選考委員の間でも意見が割れたように書かれています。

生田斗真さんが演じる主人公は市の水道課の職員で、水道料金の長期未納者の自宅を訪問し、料金徴収や納付交渉、最終的には同行の職員と二人で水道の供給をストップ(停水)させる仕事に従事しています。その滞納者の中でも特に多難だったある家庭を訪問し、留守番の姉妹(小5と小3)に出会います。 両親はあまり家には帰って来ませんが幼い二人はすいどうやさんが何しに家に来たのかは理解しています。家のありったけの容器に水を貯めさせた後に主人公たちは仕方なく停水措置を取り市役所に戻ります。毎日滞納者との交渉や応対は、時には罵声を浴びせられ、脅かされ、ストレスが貯まり放題。同行の若い職員とストレス発散に涼を求めて休日に滝を見に行き、そこで先ほどの姉妹の母親に良く似たカップル(夫ではない)を見かけます。 翌朝出勤した主人公は待っていた刑事から先日の姉妹が電車にはねられて死亡したと聞かされます。 姉妹二人だけでの自殺だったと。この小説が世に出た頃はドラマ水戸黄門に代表されるように最後は“めでたしめでたし”で物語が終わることを読者も賞の選考者も好んでいた様に思います。

選考委員の一人は「最後の子ども達の自殺にはがっかりした」と発言した方もいたそうです。小説発表から30年後の今、我が子に対するイジメ問題やあげ句の殺人、育児放棄の衰弱死、小中学生の自殺など悲惨なニュースとなって毎月の様に報道される世の中になってしまいました。自殺した子ども達は“死”の意味をあまり理解できていなかったと思います。 5年生の姉は二つ下の妹に『線路で寝んねしていると目が覚めたら食べられるイチゴやご馳走がいっぱいある所にいるよ』と教えたかも知れません。 姉は電車が近づいた時に寝返りを打ったのを運転手が見ています。このさりげない描写が二人の自殺への恐怖心の違いとなって胸を締め付けます。河林さん、ここに来てこの小説「渇水」が世に出たことはきっと将来の日本に警鐘を鳴らす為だったんですね。 「渇水」とは水道を止めた事ではなく、幼い二人の姉妹には両親の『愛情と言う水』が渇いてしまっていた 私はそう思います。 おそらく停水をした主人公達は自殺したと言う結果だけを一人の人間として生涯背負って生きて行ったのだと思います。また、奥さんが話されていた次の小説の構想は警備員に係るものだったのではないでしょうか?年末のアメ横商店街の風景を題材にした警備員から見た日本だったかも知れません。又昨今事件の相次ぐ電車の車両内での暴漢や放火事件、遭遇した警備員の葛藤などと想像して話したら、「そんな単純な小説は書きませんよ!」と笑ってくれたでしょうね・・。映画「渇水」のサブタイトルに『その男がたしたかったのは“心”だった』と河林さんの名前を使っていただいたスタッフの皆さんに感謝しながら、また来年公開される映画は原作とは多少の変更があるかも知れませんが河林さんが訴えたかった“何か”をワクワクしながら心待ちにしております。

令和3年12月1日
株式会社 セクダム
代表取締役 竹下年成