苦しみの先にあるもの、夢の先にあるもの

8月28日パラリンピックのトライアスロン全盲の部のスタート4時間前、日本代表として出場する米岡選手のガイド役の椿 浩平選手(29才)にメールを送りました。『苦しみの先にあるもの、夢の先にあるものを実感して来て下さい』そのわずか5時間後に本当に銅メダルを米岡選手と二人で掴み取りました。ビックリ!椿 浩平君と出会ったのは彼が13才の時、ジュニアのチームを作るためのオーディションに参加してくれました。ジュニアチームは北京オリンピック目前に解散をしましたが、順調に成長した彼は高校3年生でワールドシリーズのトライアスロン横浜大会で世界のトップ選手と競うまで成長しました。スタート前の選手紹介で『椿 浩平選手、高校生です!』とアナウンスされると歓声と拍手が一際大きくなったのを今でもはっきり覚えています。

日本ジュニア選手権4連覇をはじめU23優勝などまさに『日本期待の星』となり、筑波大学卒業後に三井住友海上にトライアスロン選手として入社しました。そしていきなり日本選手権3位となり、優勝の古谷純平選手と共に三井住友海上を実業団トップに押上げるとともに24歳で結婚もし、間もなく奥さんの妊娠もわかりました。しかし幸せの頂点にいる彼を襲ったのは髄芽腫(ズイガシュ)と言う悪性の脳腫瘍でした。摘出後もガン治療の放射線治療を続けて行くうちに、辛くて辛くて主治医に『もう治療を止めて楽になりたい』とまで言ったそうです。

ここで彼を救ったのは彼の赤ちゃんでした。出産に立ち会って、奥さんの頑張りと自分の命を受け継いだ子供を抱いた時に、もう一度『生きる』決意をしたそうです。米岡さんと二人三脚で掴んだ銅メダルにはこう成る『必然』があったのかも知れません。
そして家族以外に私が(ありがたいなぁ)と思うのは発病後も5年間 彼を雇用し続けた三井住友海上さん、パラのガイド役を進言して頂いた川合監督さん。本当にありがとうございました。
二年前の仙台七ヶ浜での椿君との再会と米岡さんのまだ少し自信なさげな『東京2020を目指しています!』が現実となり、さらに2024のパリではパラではなく、オリンピックの個人で正式種目代表として『もう一度パリを目指して全力で頑張ります! 椿 浩平』と力強いメールが届きました。
【百折不撓】(ひゃくせつふとう)パラリンピックのアスリート全員に教えて頂きました。
当社は全国で6カ所のトライアスロンチームを支援しています。 

令和3年8月31日
株式会社 セクダム
代表取締役 竹下年成